

開山空生和尚は幼ない頃から霊感が強く学校で学ぶことはすべて前日の夢に現われたというほどの人物である。その空生和尚が金沢義賢院(円浄宗)駒谷青雲和尚の門をたたいたのは三十歳のときだった。そこで修行をつむこと十八年その間に三年間夜中の十二時から明け方四時まで滝にうたれ、精神の高揚をはかったり、断食、火の物断ちの荒苦行を統けた。しかしここではこれ以上の法をきわめることができないと昭和二十四年高野山慈尊院住職安念諦賢和尚の従弟となりその師の進めにより金沢真長寺の住職になる。
その後も毎年毎年一月二日の初夢にその一年すべきことが現われてくるのである。
昭和四十八年の初夢には「天から大きな石が静かに下りてきて、それが地に着くなり二つに割れ一方には(父の徳)片方には(母の愛)と彫んだ文字が見えた。これを陰陽石と名ずく」この夢をもとに見つかった場所が現在の天真院である。